11.02.2012

第68回


11月2日(金) 
【個人発表】
茂木謙之介「個別を語るということ——関東大震災後鏡花テクストにおける〈怪異〉表現をめぐって」

【個人発表 要旨】
個別を語るということ――関東大震災後鏡花テクストにおける〈怪異〉表現をめぐって
茂木謙之介

 所謂「3・11」以降、文学研究はなぜ執拗にその〈出来事〉について言及し続けるのであろうか。ポストモダン議論が盛んであった際に前景化していたような、〈遅れ〉に意味を見出し、徹底して問題の前に立ち止まる態度を文学研究は忘却してしまったのだろうか。藤井貞和氏は1989年を「ポストモダンの終焉」(「歴史叙述のテクスト論的素描」『立正大学人文学研究所年報別冊第18号』2012年3月)と位置づけたが、それ以降の文学研究は果たしてアクチュアリティを追求することに対して相対的であっただろうか。
 本発表では関東大震災前、直後、そしてその後の泉鏡花のテクスト群を視野に入れ、これまでの鏡花研究でしばしば指摘されてきた〈怪異〉に注目し、分析を試みることを通して、巨大な破壊と喪失を語ることは如何にして不/可能であるかを考えたい。
 先行論では従来、震災を経ることによって鏡花テクストにいかなる変化が出来したか(もしくはしなかったか)が論じられてきた。本発表では先行論の論点となっているような単純な変化/不変化に収斂させるのではなく、複数のテクストを横断し、内在する問題に注目することで鏡花のテクスト世界にとって震災とは何であったかを問いたい。分析にあたっては、関東大震災に関わる鏡花テクストにおいて転換点として論者が位置付けるテクスト「二、三羽―十二、三羽」(大正12年)、「露宿」(大正12年)、「傘」(大正13年)(いずれも『鏡花全集』)を中心的に扱う。
 発表に当たっては所謂「3・11」以降の言説空間において、論者が問題視する以下の三点にも言及を試みたい。一つは過去の出来事のナイーブな召喚である。たとえば昨年3月の東日本大震災の如き〈出来事〉に出会ったとき、過去の出来事を類例とし、それを対象化する欲望は「アクチュアリティ」を要請される現在の人文学に在ってはある種不可避の事柄であるかもしれない。しかしその召喚する出来事を選択するに当たっては、その正当性を問う作業が当然必要なものとなってくる。第二点はまた、震災と鏡花テクストをめぐる先行論にも看取されるような、震災を画期として物語る欲望であり、またそれと密接な問題であるが、第三点は当事者の語り、もしくは当事者に寄り添った語りのもつ権力性・暴力性で
ある。この二点については昨年の日本文学協会シンポジウムとそれに寄稿した論者の印象記(拙稿「拡散する〈リアリティ〉(大会二日目印象記)」『日本文学』2012年4月号、日本文学協会)が詳しい為、ここでの説明は割愛するが、発表ではこれらの問題に踏み込むことをも目指したい。


【著者セッション】
仁平政人『川端康成の方法——二〇世紀モダニズムと「日本」言説の構成』(東北大学出版会、2011年)
コメンテーター:平井裕香  司会:村上克尚

【著者セッション 企画趣旨】
 今回の著者セッションでは、仁平政人さん(弘前大学)の『川端康成の方法――二〇世紀モダニズムと「日本」言説の構成』を取り上げます。
 本書は、新感覚派として出発し、後に日本回帰を果たした作家と文学史的に位置づけられることの多い川端康成を、詳細なテクスト分析という研究方法を通じて、戦前戦後と一貫したモダニズムの作家として位置づけ直そうとする刺激的な著作です。
 本書の最も新しい主張は、モダニズムとは言葉と実在の切断の意識を出発点として「西洋」や「近代」を問い直そうとした文学運動であり、川端の「日本」や「東洋」に関する言説は、そのようなモダニズム運動の世界同時性の中で改めて論じ直される必要があるという主張ではないかと思います。この意味で、本書は「日本」という特殊性のなかに閉じ込められ、窒息の憂き目にあったかに見える川端のテクスト群を、新しい多様なコンテクストに接続していくための重要な第一歩を記すものと言えるだろうと思います。
 今回は、川端のテクストをジェンダーの観点から読み直そうとされている平井裕香さん(東京大学・修士課程)にコメンテーターをお願いしています。平井さんは卒業論文では『雪国』を、修士論文では『千羽鶴』を扱いながら、川端テクストの新しい可能性を提示することを目指されています。平井さんのコメント、仁平さんの応答の後、全体での討論に移れればと思っています。
 なお、今回の企画実現にあたっては、個人発表を担当されている茂木謙之介さんにご尽力を頂きました。この場をお借りして、心よりお礼を申し上げます。


2012年度 今後の予定--------

第67回 12月7日(金) 
【個人発表】
黄ジュンリャン
【著者セッション】
高榮蘭『「戦後」というイデオロギ――歴史/記憶/文化』(藤原書店、2010年)
コメンテーター:逆井聡人
司会:岩川ありさ